インタビュー

水野 さと美
時を重ね、澄んでいく生き方

水野 さと美(ハーブ療法士)

  • 編集・インタビュー:笹田理恵
  • 写真:加藤美岬

水野 さと美(ハーブ療法士)

岐阜県関市生まれ。結婚をきっかけに多治見に移り住み、ハーバリストとして活動している。20代から悩まされていた頭痛や花粉症がハーブやアロマテラピーによって緩和されたことで学び始めた。15年以上続けている講師業と並行して、岐阜の野草やヨーロッパから届く良質なオーガニックハーブを使ったハーブ専門店「Sucre medicinal herbs(シュクレメディシナルハーブス)」をスタート。全国のギャラリーや雑貨店、オンラインショップで展開している。岐阜産の素材を使った野草茶「阜白(ふはく)」も始動。

Prologue

清廉であたたかく、無垢な笑顔を向けてくれる。丁寧な心配りを忘れず、いつも誰かを労わっている人。そのやさしさの根底にあるのは、さと美さん自身の経験でした。全方位に気を張り、時に自責し、精一杯の努力を自分に課してきたから、人の弱さと痛みが分かる。

ハーブとの出合いも自身の不調がきっかけだったそう。ハーブやアロマテラピーに救われたと話すさと美さんの自然の力を信じる気持ちがハーブティーを介して伝わります。

今回、さと美さんの生い立ちを伺いました。何もできなかったと語る20代から、道を選び、自己受容をして日々が輝き出していく現在地まで。「いまの自分が一番いい」と語る姿の清々しさ、未来を信じられる強さ、自らの手で喜びを捕まえる幸福感。記事を通じて追体験してみてください。

当たり前だった「生き辛さ」を抱えながら

さと美さんのご出身は?

出身は岐阜県の関市ですね。結婚して多治見に嫁いできました。

関は、刃物のまちですね。

そうそう。でも当時の関は多治見のような文化的なものが少なかったから、多治見に移り住んでやきものを中心としたまちの在り方、人の動き方が好きだなと思いました。

結婚前は、どんな仕事をしていたんですか?

銀行員でした。就職活動が楽だったという理由で入社して。

元々、植物やハーブに興味があったわけではない?

そう、田舎にいたから……むしろ自然はそんなに好きじゃなかったかも。どちらかというと都会の方が好きだった。東京に住みたかったな~と思っていたくらい。

幼い頃から植物が好きだったのかと。

いまとなっては自然の近くにいたいけどね。昔は、ただストレスを溜め込んでいるばかりの日々でした。何かを始めようとする意欲もない若者だったし、頭痛持ちで倦怠感もあったり、花粉症が酷かったり……とにかくやる気のない人だったんです。

とにかくやる気のない人。

常に倦怠感があって、仕事をしたくないから早めに結婚をしました。仕事をしたいという気持ちも全然なく、「結婚したら仕事も辞められる」という考えで。当時は結婚してから働く女性がまだ少ない時代だったから。

いまの活動的なさと美さんからは想像できないですね。

25歳で第一子を出産して、20代は子育てだけをがんばっていた。でも、30歳を過ぎて子育てが楽になったら、何かがやりたくなっちゃった。ブライダルの司会業を学んでみたり、自分に合わないことも挑戦しながら模索して。子どもが幼稚園に入った時に会社員に復帰しました。

仕事に後ろ向きだった20代と、子育てを始めてからの30代が別人みたいですね。

20代はやりたいことが見つからなかったんだろうね。インテリアが好きで、本当はインテリア業界に就職したかったんだけど、それも選択しなかったし。あと、ちょうどその頃は女性たちが自分で何かを始めようという気運があったと思う。その流れに乗り始めたら止まらなくなっちゃった。

時代としても女性の社会進出が一般的になっていった頃ですね。

20代に「何もできてない」というハングリー精神は、いまにつながっているんですよ。いまも原動力になっています。

さらに遡ると、どんな子ども時代を過ごしていたんですか?

そこそこ何でもできる子。勉強はそこそこできて、運動も好きだった。だけど、これといって得意なことはない。

仲のいい友だちも多かったんですか?

友だちは限られちゃうかな。多くはないけれど気心が知れた友だちはいたから困ることはなかった。でも、どこかで友だちが少ないコンプレックスはずっとあったし……コンプレックスの塊ではあったかな。会話が上手じゃない、面白いリアクションができないとか生真面目さが悩み。面白いことが言えないのはずっとコンプレックスだよ。けれど、しょうがないね。笑

幼い頃のコンプレックスが根強く残ることもありますよね。

そうなの、なかなか消えない。たとえば、面白い講師ってたくさんいるじゃないですか。わたしは講座で教えていても面白いことが言えなくて、教室がシーンとしていると「うわ〜」と焦るんだけど、生徒さんは講座を続けてくれてハーブを好きになってくれる。私には、これしかできないという現実もようやく受け入れられてきたのかな。

いつも明るく笑っているさと美さんも、たくさんの葛藤やコンプレックスを抱えてきたんですね。

こう見えて、いつもくよくよしてきた人生だったの。みんな自分と同じような生き辛さを抱えているものだと思っていたら、周りの人はそこまでくよくよしないことに大人になってから気付いた。私は家に帰ると毎度くよくよしていて、旦那さんに「楽しいことをしてきたのに、何故くよくよしてるの?」と言われていましたね。

自分の“生き辛さ”が当たり前すぎて実感が持てない。自分の生き辛さを周りの人は感じていないと気付いたのはいつ頃ですか?

最近ですね。世の中に「繊細さん」という言葉が出てきてから。私は、HSP(Highly Sensitive Person=生まれつき感覚刺激に対する感受性が強く、人一倍敏感な性質を持つ人)の本にあるチェック項目が全部当てはまるの。それで「この感覚って普通じゃないの?」と驚き、「みんなはこうじゃないんだ!」と気付いた。それまで自分のことでいっぱいいっぱいだったから、人のことまでは俯瞰できていなかった。

自分と他人の感情を比較することは難しいですよね。必要以上に自分を責めたこともあったんじゃないですか?

そう、相手の不機嫌が私のせいだと思っちゃうの。機嫌を損ねている相手を恨むのではなく、いつも自分が悪いと思っていた。しかも「私が何とかしなきゃ」と考えるんだよね。何とかできる、私ががんばらなきゃって。

「〇〇せねば」の精神ですね。

自分に負荷をかけちゃうんだよね。でも、そういう心の緊張があったからこそアロマやハーブに惹かれた。ハーブティーを飲んだ時の感覚は、楽しいことがあって力が抜ける時の感覚と一緒だと思う。

からだの不調があったからこそ気付けた、ハーブのちから

どんなきっかけで、アロマテラピーやハーブに出合ったんですか?

アロマテラピーが日本で知られてきた頃に「頭痛にはラベンダーが効く」と教えてもらったんです。偏頭痛持ちだったから試してみたけれど、最初は全く良いと思えなかった。購入したものはお蔵入りしたけど、ひどい偏頭痛で薬も効かない時にふと思い出してアロマを引っ張り出したら、嫌だったはずの香りにすごくホッとできた。頭痛がない状態ではピンと来なかったのに、その時は「なんて良い香り!」と思えて。

頭痛の最中だったからアロマの香りの心地良さに気付いた。

痛みがふわっと緩んだ。苦しすぎて寝られなかったのに、ふっと眠りに入れた。そのまま自分の力で回復できたことが劇的な出来事でした。それが始まりです。

頭痛などの不調は、20代からずっと抱え続けていたんですか?

そうですね。30代は吐き気を伴うほどひどい頭痛に苦しんでいたんです。痛みを逃す方法を知らないから薬を飲んで乗り切っていたけれど、アロマやハーブに出合って緩和できる方法が分かった。ずっと悩んでいた頭痛がすぐに治ったわけではないけれど、自分の治癒力で回復できるようになりました。

体の変化を実感できたんですね。

とにかく「ふわっと緩んだ」という感覚が衝撃的だったし、私がすごく緊張していることにも気付けた。ずっと緊張しっぱなしだったから緩んだ状態を知らなかったんだよね。そこから自分で学ぼうと思ってアロマテラピーのスクールに通い始めました。

その後、ハーブにも行き着く。

そう、アロマテラピーを学んで、講師を長く続けていたら食べるものの大切さが分かった。ある日、品質の良いペパーミントティーを飲んだら、ひどい花粉症と鼻詰まりが緩和されたの。久しぶりに鼻が通ったという感覚。それがきっかけになってハーブ療法も学ぶことにしました。

頭痛と同じく、不調があったから効果に気付けた。

頭痛や倦怠感、酷い花粉症のおかげでアロマやハーブに出合えたよね。私はストレスを溜めやすい気質だけど、20代、30代の自分よりも、40代、50代の方が元気だし気持ちも明るい。くよくよしがちな性格は変わっていないけれど、すごく楽になった。いまの自分の状態がいいな~と思える。

心地よい自分に辿り着いたんですね。

いまは50代だけど、私らしく在るのはこれからだと思ってる。もちろん人は病気をするし、私自身も過労で倒れたこともあった。でも、たとえ病気になっても病人にはなりたくない。病気になったとしても気持ちは前に向かっていたい。そういう意識で自分を整えていきたいと思っています。

ハーブ療法を学び、ハーブ専門店・Sucre medicinal herbsを始動。現在は全国のお店やギャラリーでも販売されていますが、どんな風に広がっていったんですか?

お陰様で早い段階で多治見のギャルリ百草(ももぐさ)さんが見つけてくださったんです。「お茶の時間展」という企画展を進めていたタイミングで百草の安藤明子さんにお会いできて、お取引していただけることになりました。百草さんには感謝しかないです。

Sucreのハーブティーは、10種+季節のお茶を展開しています。素材やブレンド、おいしさ……こだわりについて聞かせてください。

まずは効能を重視しています。たとえば、ハイビスカスは新陳代謝を高めて、疲労物質を流し出す成分を含んでいる。スペアミントは香りで気を流す。気が流れると代謝も良くなるんですよ。レモングラスはお腹を整えて消化機能を調整してくれる。ネトルはミネラルが豊富で鉄分も含まれている。サプリメントのように体の根本を支える栄養素が入っている機能性成分を考慮して配合しています。

一つ一つのハーブに役割があり、調和が取れているんですね。

ハーブティーはお薬じゃないから、おいしさが大事。「おいしいお茶を飲んでいるうちに体調が良くなった」というかたちを目指したいので、最大限においしくすることも大切にしていますね。

ハーブティーをどんな風に楽しんでほしいですか?

忙しい人はお茶の時間がなかなか持てないかもしれないけれど、一日の終わりにお茶を飲むのはオススメ。私はお茶を飲まないと心の澱を残したような気がするんですよね。いくら楽しい日々を過ごしていても澱は溜まっていくものだから。一日の終わりにお茶を飲むようにすると体や気持ちがスッキリするはず。

年齢を重ねるごとに内面が浄化されて、輝き出す

さと美さんはいつも楽しそうに活動されていて、昔は「仕事なんて全くやりたくない」と考えていたのがウソみたいです。

もちろんハーブの仕事を始めてもしんどさはある。自営業は、常に何かに追われていて休日もあってないような感じだし……なんて大変なステージに自分を持ってきてしまったんだと思ったりもする。

お勤めの方が楽だったと思うときもありますか?

いまでも思いますよ。お給料を頂けて、休日がちゃんとあって、お休みの日は仕事をしたくてもできない環境というのはすごくいいですよね。でも、いまの仕事は「自分が自分でいられる」という感覚がある。会社員とは違う面白さがあるんだろうね。

仕事で喜びを感じるのは、どんな瞬間ですか?

講座でホッとしてもらえて、みんなが良い気持ちで帰ってもらえたり、ハーブを知れてよかったと感じてもらえたり。私と出会えて良かったと思ってもらえることが、いまの喜び。それがこの仕事をやめられない理由なのかな。

面白い仕事をしていると、つい働きすぎてしまうこともありますよね。

私も休み下手だよ。でも、休み上手な人の方が長続きするよね。

そう、仕事を長く続けるためには休息が必要だなと。

コツは、仕事をしたくなるまで休みきっちゃうこと。全てを遮断したかたちで何もやらずに過ごすと、一週間もすれば退屈で無性に何かをやりたくなるんだよ。でも、スケジュールが過密な状態を長く続けていると一週間の休みぐらいでは抜け出せなくなる。

長期間がんばりすぎるとリカバリーに時間がかかってしまう。

定期的に三日間しっかり休むといいよ。三連休を取ると、スカッとして「もっとやりたい」という気持ちが自然と出てくる。結果的に効率がいい。ほんとにみんな休み下手だからね。自分も含めて。

ほかにも仕事のやりがいはありますか?

我が家は自分の楽しみは自分のお金で、という考え方なんだよね。だから、仕事を通じて人生を楽しくするための収入を得ている。最近ようやく好きなクルマに乗れるようになったんだよね。

乗りたいクルマを買える喜び……!

そう。いままではポンコツなクルマに乗っていて、ちょっと嫌だったの。こだわりはあるのに好きなクルマなんか買えなくて。スタイルのあるクルマに乗りたかったから、55歳で初めて輸入車を購入しました。自分の働いて貯めたお金で買えたこともうれしい。だから“私のクルマ”なんです。本当は「私が買ったんです!」って言って回りたいぐらいうれしい。笑

その喜びを自分の力で手にしたことも幸せですね。

若い頃は到底できなかったし、そんな自分になれるとは微塵も思ってなかった。ようやくここまで来れたな~という感じ。

願望を叶えること、理想の自分に近づくこと……どれも年齢で制限される必要はないですね。経験を重ねていくことで選択肢は広がる。

年齢を重ねてから自分の良さは出てくる。シュタイナーの七年周期の教えにもあるけれど、魂が輝き出すのは42歳ぐらいからだと思う。

自己理解と受容が深まる時期でしょうか。

確かにその頃から自分を受け入れられるようになって、自分の良さに気付けた。自分が他人に良い影響を与えている部分も分かる。内面は、年齢を重ねるごとにどんどん浄化されていく気がする。特に仕事で気持ちのいいもの、きれいなものに触れていれば内面が老けていくようなことはないと思う。

内面の浄化ですね。年齢を重ねてからパフォーマンスの低下に直面して落ち込むこともあったけれど前向きになれました。

たとえパフォーマンスが低下しても、それを補うくらいの経験は得ていると思う。だから、いまは思ったことをやればいい。その経験値が後で現れてくるから。案外自分では分からないけれど、周りの人は応援してついてきてくれているはず。

そうですね、いつもさと美さんに励ましてもらっています。さと美さんと対話できてうれしいです。

こんな自然体でよかったなんてね。こちらこそありがとうございました。

自虐は前に進もうとしてないことだよ

最後に質問カードを引いてもらえますか。いろんな人が書いてくれた「誰かに聞いてみたいこと」がランダムに並べてあります。

Q:いまの自分に影響を与えてくれた人は誰ですか?

ちょっとした出会いでもいい? 私より少し年上の人から頂いた言葉があってね。私がくよくよしている時に「自虐は前に進もうとしてないことだよ」と言われたの。

ドキッとする言葉ですね。

「私ってダメだな」と考えている時、どこかでそれを「良し」としている節があったの。そうじゃない。それは全く進もうとしていない状態だということを一言だけで伝えてくれた人がいました。

つい自虐がこぼれてしまったり?

そう、別に後ろ向きでいたいわけじゃないのにね。当時は「自虐すること=謙虚」だと考えている自分もいたんだよね。

そう考えてしまう心情も理解できます。

「私はこんなんだからダメなのよ」という姿勢はつまらないと教えてくれた。その言葉をくれた人は、これといって近しい人ではなく通りすがりくらいの関係。そういう些細な言葉で自分も変わってきたのかなと思う。

何気ない一言で、目が覚めたんですね。

私を良くしたかったわけでもない。適当に言ったことでもない。とにかく「分かっていないんだな」と思って本気で伝えてくれたんじゃないかな。私にはない発想だった。こうやって考えると、いろいろな出会いをもらっているね。

水野さと美さんからの質問
自分が生まれ変われるなら、どんな人になりたいですか?

END

Credit

  • 編集・インタビュー:笹田理恵
  • 写真:加藤美岬